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最新更新日時: 2010年02月02日 07時36分
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赤毛のアン 再々訳 #1
第一章
「マシュウ・カスバート驚く」

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 マシュウ・カスバートは60歳になって、以前のようには体が動かなくなってきたのを感じていた。そこで自分の農場には新しい手伝い人が必要だと考えた。彼の農場-グリーン・ゲイブルズ-にマシュウは妹のマリラと二人きりで住んでおり、こどもをもったことは一度としてなく、必要に迫られてのことだが、孤児院から少年を一人迎えることにしたのは、彼らにとってなみなみならぬ決意だった。少年の年は10歳か、11歳が一等ぐあいがいいだろう。家に住まわせて、学校にも行かせてやれる。同じ町に住むスペンサーの奥さんが、万事都合をつけてくれた。少年は今日の午後にこの町にやってくる予定。そんなわけで、マシュウ・カスバートは、ブライト・リバー駅まで常にない様子で出かけて行ったのだ。
 マシュウが駅に着いたときには、汽車の影もかたちも見えなかった。早く着きすぎたのだろう、と彼は考え、駅舎の横に馬と馬車をきちんとつなぎとめると、ホームへ上がっていった。ひろびろとした長いプラットフォームは閑散としており、逆側のはじに一人の女の子が座っている以外には、ひとっこひとりいなかった。マシュウはたいへんに恥ずかしがり屋な人物で、それも女性に対しては特別にそうだったから、その女の子に対してもけっして目をやらないようにしながら、足早に通り過ぎた。もし、彼がちらっとでもそのこどもを見ていたら、女の子の方で多大なる熱意を持って彼のほうを見ていたのに気づいたはずだ。女の子は彼女にできるすべての注意深さをかたむけて、何かを、もしくは誰かを待ち続けていたのだ。
 さて、マシュウは駅長室で、首尾よく駅長を見つけたのだが、駅長がいうことには「汽車はもうとっくに着いたし、行っちまったところだよ」とのことだった。「でも心配しなさんな。ちゃんとあんた宛のものはおいてったから――あの女の子だ」
 「わしが頼んだのは、女の子じゃないんで」と、マシュウ。「男の子が着いてるはずなんだがね」
 「そうかい、じゃあ何か手違いがあったんだろうさ。あの子に聞いてみると良いよ」と、駅長。「あの子だって舌を持ってるんだから、自分で話せない道理はないさ」と、独り合点にうなずくと、駅長はどこかへ歩き去ってしまった。
 ひとり取り残されたマシュウは、彼にとってはライオンの寝床へ飛び込み、げんこつで戦うのにひとしい勇気を振り絞るはめになってしまった――女の子に自分から近づいて――それもふつうの女の子じゃなくて、孤児の女の子だ――どうして君は男の子じゃないのか、なんて問いたださなければならないのだ。
 少女の名前はアン。11歳で、とてもたけの短い、黄色がかった灰色の、ありていにいってあまり見栄えの良くない服を着ていて、古ぼけたセーラーハットの下からは濃い色の赤毛が長く伸びていた。顔全体が小さく、痩せており、白くて陶器のように薄い印象で、表面にはそばかすがたくさんついていた。そして大きな口に、緑のようにも、灰色のようにも見える瞳。マシュウが近づいてくるのを見ると、彼女の大きな目は、心の中身をうつすようにきらきらと輝きはじめた。
 アンは片手で自分の絨毯地のかばんをひっつかむと、ぴょんと飛び上がり、空いているほうの手で近寄ってきたおじいさん――伸び放題の灰色の髪と髭の――をつかまえた。
 「あなた、グリーンゲイブルズのマシュウ・カスバートさんじゃないかしら」はっきりとしたきれいな発音で、女の子はたずねた。誰にも良い印象を与える声にちがいなかった。「お会いできてたいへんにうれしいわ。もし来られなかったらと、心配していたところですの。そうなったらどうするかって、想像をはじめていたのよ。あそこにある桜の木に登って、今夜はそこで夜を明かすしかないって思っていたわ。わたし木登りは得意だから、その点については心配がないのよ」
 マシュウは自分の手の中にある女の子の手をみつめ、そしてこれからどうするか決めにゃならん、と今さらのように改めて気づいた。このこどもに、実は間違いだったんだ、なんて伝えることは、彼にはできそうになかった。ひとまずは家に連れ帰って、その役目はマリラにやらせたらいい。
 「遅れてすまなかったね」もごもごと彼はつぶやくと、「おいで、かばんを持ってあげよう」と空いているほうの手を差し伸べた。
 「あら、自分で持てるわ」と、弾むような声でにアンはこたえた。「このかばんには、わたしのこの世での財産すべてが入ってるの。でもちっとも重くないのよ」
 「来ていただけたとき、ほんとうにうれしかったの」と、アンはつづけた。「あなたと一緒に住んで、家族になるなんて、きっとすばらしいと思うわ。わたしは今まで誰ともそうなったことがないんですもの。ほんとうの家族って意味ではね」
 マシュウはちらりと女の子をみると、すぐに目をそらして、かばんと女の子を馬車に乗せてやった。
作成: 2010年01月25日 21時28分 / 更新: 2010年01月25日 21時28分
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